第10回 当時者の結束が壊れ失敗に終わった仮処分申請 | |||||||||||||
本シリーズの初回に【技術屋馬鹿】の説明をしたが、裁判官も弁護士も広い意味では技術屋である。彼らにも【技術屋馬鹿】の素質がある。 弁護士は、思考回路に常に法律の条文が組み込まれているせいか、時として一般市民とかけ離れた論理を展開することがある。 裁判官に至っては日常生活のすべてが法律づけであるだけでなく、空間的にも法廷に閉じこもった生活を送っている。このため、市民の生活や常識に対して視野が狭くなってしまいがちだ。 さらに裁判官のなかには権威に弱い人もいる。大企業と小企業、あるいは大企業と小市民が争う訴訟で、裁判官が大企業側の言い分に耳を傾けることが多いのはこのためだ。 建築技術者が小企業や小市民の側に立って法廷に臨む際には、こうした裁判官の職業的特性に注意する必要がある。 当事者が複数の場合結束が問題に 裁判当事者の性格もまた問題だ。個人もしくは個人企業的な小会社ならさほど問題はないが、マンションの管理組合のような個人の集合体にはよくよく気をつけた方がいい。 管理組合から依頼を受けたら、組合としての一致団結を書面にでもして確認しておかないと、組合の構成員が相手側に次々と懐柔されて、悲惨な結果を招くことになる。気が付くと、弁護士と建築士だけが戦場に取り残されていたということにもなりかねない。数年前のことだが、断りがたい人の紹介状をもった弁護士が依頼人ともども筆者を訪ねてきた。聞けば、温泉地のがけの上に建つマンションをめぐっての問題だという。大手デベロッパーと準大手ゼネコンが数ヶ月前からがけ下で新たなマンションの建設工事を始めた。新旧マンションの最短水平間隔は約23mだが、既存マンションのGLと新マンションの根切底の高低差は30m近くもある。新マンションが無事に竣工すれば、巨大な擁壁ができる形になるが、工事中の危険性が問題だった。新マンションの建設工事では、アースアンカーによる土留め工事のために300×300(一部は350×350)のH形鋼の杭が敷地全周に約1mの間隔で200本近く打ち込まれている。そのうち73本が既存のマンション側のがけ面にあった。マンションの住民の話では、このH形鋼杭の打ち込み期間中、ものすごい地響きと振動があり、既存マンションの駐車場の舗装コンクリートと建物との境界に地割れが発生したという。そして、その地割れの幅が少しずつ広がっていると心配しているのであった。 筆者が現場を見に行くと、既に基礎および1階床のコンクリートは打設済みだった。上から見下ろすと、H形鋼杭の間に横矢板を積み込んだ土留め擁壁の上端が新規マンションの敷地内部に向かって大きく湾曲している。先述の地割れの分だけ、がけ土が円弧滑りを起こしているものと思われた。さらに駐車場とこの土留め擁壁の中間部に部分的に存在する石垣も2cmほど口を開けていた。筆者は現場の状況を撮影した写真を添付した報告書を作成し、その末尾にこう記した。 【この状態のまま放置して工事を進めれば、長雨や集中豪雨、地震、台風などをきっかけに大規模ながけ崩れが起きる可能性が大きい。一刻も早く土質専門家による調査と対策を実施するべきである】。 工事中止の仮処分申請は失敗
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