第11回  経験豊富な弁護士をパートナーに入念な打ち合わせを行う
建築トラブルをめぐる裁判で弁護士と建築士が共同作業を行う場合は、お互いに相手を知る努力をすべきだ。
同業者に評判を聞くなどして建築裁判の経験がある弁護士を選び、入念な打ち合わせを行う。
技術鑑定者として裁判にかかわることになった場合には、公正な鑑定を心がける。

前号では、円弧滑りを起こしてがけ崩れの危険性があることから、傾斜地でのマンション建設工事の中止を求める仮処分を裁判所に提出したところ、失敗に終わった事例を紹介した。今振り返るとそうなった原因の1つには弁護士と建築士(筆者)との事前の意志疎通が不十分だったことがあると思う。
筆者はマンションの建設現場付近の地割れや山留めの湾曲などを見て、建設工事に伴って生じたものと確信すると同時に、工事中に豪雨や台風、大地震などに見舞われたら、大規模な人身事故や物的損害が起こる可能性が大きいと判断した。
そこで、まず事業者であるデベロッパーや施工を担当しているゼネコンに対して警告を発し、緊急対策を講じてもらおうと考えたのだが、弁護士がいきなり工事中止を求める仮処分を裁判所に申請してしまったのであった。
この辺が技術屋と法律屋の考え方の違いでもあったわけだが、筆者はもっと自説を主張すべきだったのではないかと今では反省している。

経験豊富な弁護士を選ぶ
筆者は、住宅の設計は依頼者の家族全員と親密になって1人1人の生活や好みなどを熟知しないとできるものではないと考えているが、弁護士と技術者の関係にもこれと同じことが言える。相互に相手の人柄や長所・短所、考え方などを十分に理解してからでないとやはり事はうまく運ばない。
弁護士は技術、技術者は法律と、お互いに弱点を抱えている。その2人が行う共同作業は【二人三脚】のように不安定であり、よほど気心の知れた仲にならないとあっという間に転んでしまう。
しかも、相手方の弁護士が紛争裁判に慣れた人である場合には、こちらの足並みが揃っていないのを素早く見抜いて足払いをかけてくるので、なおさらだ。
とはいえ、パートナーにふさわしい弁護士はどうやって探せばいいのだろうか。
単に弁護士資格を有しているだけでは十分な条件と言えない。弁護士としての力量や評判をいろいろな角度から調査すべきだろう。やり方としては、我々がふだん鉄骨屋さんや設備屋さんを選ぶ時にそうしているように、親しくしている同業者に弁護士の評判を聞くといい。
また、建築用語のイロハから説明しなければならない弁護士では無理があるので、やはり建築裁判の経験がある弁護士を選ぶべきだろう。
ただし、そういう弁護士であっても素人には違いないので時々とんでもない思い違いをすることがある。
ある裁判で、210kg/平方センチメートルのコンクリート強度が実際には140kg/平方センチメートルしかないということが争点となった。この時、筆者はコンクリートの調合や設計方法、強度などについてかなりの時間をかけて弁護士に説明し、それで双方とも十分に理解できたと思っていた。
ところが、実はその弁護士は210kg/平方センチメートルの生コンと140kg/平方センチメートルの生コンを技術者なら誰でも見た瞬間に見分けられるものと思い込んでいたのである。このため、裁判の途中で何とも具合の悪いことになってしまった。
確かに生コンの専門家かよほど生コンに詳しい技術者なら、見ただけでおかしいと思い、生コンを握りしめて、【これは210kg/平方センチメートルの生コンとは違う】と断言できる人もいるのだろう。しかし、一般の設計者、監理者、施工者でそこまで見分けられる人はほとんどいないと言っていい。このような落とし穴がないよう、技術者の説明とそれを受けた弁護士の質問の繰り返しにより、よくよく確かめ合うことが必要だ。

技術鑑定では公正な判定を心がける
建築技術者として設計や施工に携わっている人たちは、その仕事のクリエーティブな面に生きがいを感じている。だからトラブル解決という、ある意味では後ろ向きな作業にはかかわりたくないと思っているものだ。 まして裁判などに引っ張り出されるのはまっぴらだというのが本音であろう。 しかし、時と場合によっては心ならずもトラブルに巻き込まれてしまうことがある。そんな時のために裁判についての知識、特に非日常的と思われるシステムや思考法などはある程度心得ておいた方がいい。
また日本では、裁判官から鑑定を命じられた技術者が故意または知識不足から誤った鑑定報告書を作成する例もある。アメリカではこうした鑑定者として【法廷エンジニア】とでも言うべき技術者たちが団体を結成し、厳しい倫理鋼領に基づいて、技術に疎い裁判官に公正な技術的判断を提供している。
アメリカの技術者のなかにも裁判当事者からの依頼で、依頼者に有利な技術鑑定を行う人もいるが、こうした人を彼ら法廷エンジニアは“雇われ技術者”として非常に軽べつしているという。裁判における技術鑑定には彼らのような気概をもって臨むべきだろう。
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