第9回  弁護士と建築士が共同で分かりやすい準備書面をつくる
準備書面では、裁判官が理解できる分かりやすい文章が書けるかどうかが問題だ。
ある請負代金請求事件の訴訟では、弁護士の理解も当初は不十分だった。そこで、建築士が下書きを作成し、それをたたき台にして弁護士が裁判官にも分かる準備書面をつくった。

前々回では、躯体工事が終わって仕上げや設備も半分以上でき上がった時点で中断した建築工事をめぐり、ゼネコンが発注者に工事代金の支払いを求めた訴訟において、発注者が反論として提出した準備書面の一部を紹介した。今回はその続編である。
今回紹介する準備書面は、訴訟の対象となったRC造建築物の欠陥について説明し、原告の工事のずさんさを証明しようとしたものだ。 内容を整理すると以下のようになる。

1. 本建物のフープ,スターラップ,壁筋,床筋,D13,D10すべてが設計図書,契約用見積書に記載されたSD30の規格品に比べて鉄筋断面積,引張強度がともに約75%しかない無規格の不良鉄筋である。
2. 原告は下階コンクリート打ちの翌日または翌々日に上階柱主筋の圧接を実施。その試験片を公的機関で検査したところ、母材破断で異常がなく、すべて合格したとする証明書を証拠として提出した。
ところが、現場に近い測候所の記録を調べると、雨天の日はもとより3日間連続で大雪となった日にも柱主筋の圧接工事を行っていたことになる。これが事実だとすれば、検査を受けた試験片は現場採取のものではなく、検査用に別途製作されたと推測せざるを得ない。
3. 建築物全階の床板、壁に発生したクラックは不良鉄筋によるものである。
4. 1,2階の梁には設備配管のため、貫通孔が無秩序に連続して開けられているが、最も危険と思われる梁のX線写真を見ると、満足な補強筋がないばかりか、通常のスターラップも無秩序に乱れている。

建築士と弁護士が準備書面を合作
今回の準備書面で指摘された欠陥の内容は以上の通りだが、問題はこれらをいかに分かりやすい文章で説明するかだ。
相手が建築技術者なら、以上に列挙した事項だけで【これはひどい手抜き工事だ】と分かるだろう。しかし、裁判官が相手では“馬の耳に念仏”なのである。
実際、この訴訟では被告側の弁護士も事の重大性をすぐには飲み込めなかった。建築士はフープとは何かから始めて、その役割、それが不良鉄筋でつくられた場合の危険性などを半日かけて説明した。それでも弁護士は納得できなかったのである。
このため、この訴訟では建築士が準備書面の下書きを作成し、弁護士はそれを2,3日かけて読んだ後で改めて建築士に質問し、準備書面を作成し直すという作業を行った。
弁護士の質問を聞くと、建築技術者にとっては常識と思っていた言葉の意味が理解できないため、全体の危険性についても飲み込めていないことが分かった。弁護士に理解できていない言葉が裁判官に理解できるはずもない。それらの理解できていない部分については念入りに説明し直した。
こうしてでき上がった準備書面を読むと、【なるほどこれなら裁判官も理解できるに違いない】と思うような文章になっている。読者の方々には下の準備書面を参考に分かりやすい文章をつくる努力を心がけていただきたい。

昭和○○年(ワ)第○○号
準備書面(9)
原告○○○○
被告○○○○
右被告訴訟代理人  弁護士○○○○
○○地方裁判所
○○民事部 御中

一.鉄筋コンクリート造建物の耐力維持の条件
1. 建物が建物として安全にその存立を維持するためには、次のような耐力を有しなければならない。
第一に、その建物自体の重さ(自重)に耐えられるものでなければならない(自重耐力)。
第二に、建物を利用(多量の荷物を置き、多数の人が出入りする)することにより発生する積載荷重に耐えられるものでなければならない(荷重耐力)。
第三に、地震などによる前後左右上下の揺れに耐えられるものでなければならない(揺れ耐力)。
   これらすべてを満たして初めて、その建物は耐力があるということになる。

2. 本件建物は鉄筋コンクリート造である。これは鉄筋とコンクリートを一体化させて構造材として使用する建物である。
コンクリートはどんな形にもできるし、どんな大きさにもできるが、圧縮耐力(圧縮に耐える力)はあるものの、引張耐力(引張に耐える力)は非常に弱い。
一方、鉄筋は圧縮耐力も強いが、引張耐力もきわめて強い。
(中略)鉄筋とコンクリートは相性が良く、鉄筋とコンクリートの間には付着強度が働いて容易に一体化する上、熱膨張率もほぼ同じため、寒暖の差があっても両者の一体性は損なわれない。
そこで鉄筋とコンクリートを一体化させることによって高度の圧縮耐力と高度の引張耐力を取得し、それを構造材として利用することによって前記の自重耐力・荷重耐力・揺れ耐力を得る建物を鉄筋コンクリート造というのである。

3. 鉄筋コンクリート造建物が、要求されている耐力を確保するためには、単に鉄筋とコンクリートを使えばいいというわけではない。
鉄筋およびコンクリートそれぞれが、その品質・量・大きさ(太さも含む)において必要条件がすべて満たされることが必要であると同時に適切な施工方法が施されることが必要である。

二.本件建物の鉄筋は大半が不良鉄筋
1. 本件建物の場合、甲第○号証の「鉄筋工事」の項によるとD16ーD25のいわゆる太物鉄筋 の量は○○トン、D13およびD10のいわゆる細物鉄筋の量は○○トンであるが、全鉄筋量の およそ半分を占める細物鉄筋がすべて不良鉄筋であることは既に公的機関による鑑定の結果によ って明らかである。(中略)

三. 帯筋・あばら筋の重要性(省略)

四.床版(床スラブ)の無数のひび割れ(省略)

五.大梁、小梁の多数の貫通孔(省略)

六.主筋圧接に手抜きの疑い
1. 鉄筋コンクリート造建物における鉄筋の重要性については前述の通りである。
しかし、鉄筋がその耐力を発揮するのは有効に施工された場合のみである。
鉄筋コンクリート造建物において柱と大梁の各主筋は、耐力確保に大きな役割を果たしているが、この主筋が耐力を発揮するには、鉄筋の断面積が十分で、かつ品質が良いというだけで足らない。
鉄筋がバラバラに入っていたのでは何の耐力も発揮しないのであり、鉄筋が入っていないのと同じことになる。(中略)

3. 本件建物の鉄筋のつなぎ方は圧接継手という工法を採用している。
圧接継手というのは、つなぐべき鉄筋と鉄筋の各断面にガスバーナーで高熱を加え、軟らかくした上で、両鉄筋を少しづつ押し付けて接着し、最初から一本の鉄筋と同様の強度を得る方法である。
このガス圧接継手をする上で注意すべき点はたくさんあるが、特に
  @圧接面の清掃と研磨
  A雨の日、雪の日、霧の日は絶対に行わない
という点がきわめて重要である。錆・汚れ・水分・油分が接着面に少しでも付着すると有効な圧接継手ができないからである。とりわけ、水分が圧接面に少しでも付着・作用した場合、その圧接は確実に不良圧接になり、耐力を期待できないことになるので、雨の日、雪の日、霧の日は絶対に行ってはならないのである。
これは建築工事の鉄則であり、常識なのである。
右はきわめて重要なので、注文者たる被告は請負人たる原告に対し、特記仕様書により、右を順守するよう指示してあった。すなわち、右特記仕様書の第一行目に建設大臣官房官庁営繕部監修の「建築工事共通仕様書」に従うよう指示してあるが、この仕様書には右の二点を順守するよう指示してあるのである。また、右仕様書だけでなく、各種の共通仕様書にも明記されているほど重要なことなのである。

4. また、コンクリートの打設についても建築工事上の常識がいくつかある。(中略)

5. しかるに原告は建築工事の請負を業としていながら、圧接継手に関する鉄則やコンクリート打設についての常識をいとも簡単に破っている。(中略)
以上、乙第○号証〜乙第○号証に示すように、大雪の日や雨の日、霧の日に主筋の圧接を原告は行っているが、この圧接が満足のいく強度が出ないものであることは明らかであり、少なくとも、右の日に行われた大量の圧接継手はすべて欠陥継手である。
主筋の圧接継手が欠陥であるということは耐力のない主筋が使われたということになり、本件建物はほとんど耐力がないことになって、ちょっとした地震によって崩壊する危険性すらある。

6. ところが、不思議なことがある。原告は本件工事の主筋圧接部のうち、いくつかを切り取って、その試験片を公的機関に持ち込んで試験を受けており、そのすべてが、「母材破断」で、圧接部に異常はなく、検査結果は合格となっている。

7. しかし、雨の日、雪の日、霧の日になされた圧接部が合格になるような強度を持つことはあり得ない。
しかるに合格しているのはどういうことか。
結論は一つしかない。
原告はあらかじめ試験所へ持ち込むため、圧接部試験片を別に作っておいて、コンクリート打設の翌日または翌々日に圧接、切断したものとして持ち込んだものであって、現場で行った柱主筋の圧接部位から切り取った試験片ではない、ということである。
悪質な請負工事人がよくやることである。
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