第1回 技術が争点となる裁判では専門的な議論にこだわるな | |||||||
建築トラブルと言っても、いろいろある。計画時点での近隣問題などは明らかにこれに含まれるだろう。この問題については弁護士の福田晴政氏が本誌に連載を続けておられるので、毎号熟読されている読者も多いはずである。 建築トラブルの範ちゅうは広範囲にわたるが、筆者がこれから始める連載で扱う建築トラブルの対象はもう少し限定される。それは一口に言えば技術的なトラブルである。建築における技術的なトラブルに関する、裁判もしくは紛争処理委員会に、当事者あるいは証人などとして関与せざるを得なくなった場合に、良識ある技術者としていかに振る舞い、いかに対処すべきか。その心得の数々を説明していきたいと思っている。 説得力不足で損をする技術者 建築に限らず一般に技術者の特質として挙げられるのは次のようなことだろう。 1.正直者である。 2.したがって、駆け引きに弱い。あるいは駆け引きを恥として忌み嫌う傾向さえある。 3.視野が狭い。自己の技術領域にばかりに閉じこもって、大局的なものの見方ができない。 4.以上を総称して世間には【技術屋馬鹿】という言葉がある。 筆者ももちろん技術屋であるから、この4ヵ条の欠点はもち合わせている。そのため、40年近くに及ぶ設計屋生活では、これまで何度も苦い目に遭ってきた。若いころには、駆け引き上手な施主にうまく操られてただ働きさせられたりして、悔し涙を流したこともあった。技術屋としての良心・良識・誠意などを上手に説明することができないことから、説明不足の言葉尻を巧みにとらえられ、思いもかけない悪意の罠に陥れられたりもした。 【正直者が損をする】とよく言われるが、確かに日本の正直者には能弁者が少なく、説得力不足のために損をすることが多いようだ。これは古来からの日本の社会構造に根ざす国民性でもあり、明治時代以後の教育制度の欠陥により増長されてきた。 農業で生活が成り立つムラ社会では、全構成員の団結が強調され、個人、特に個性や自我の強い人の自己主張は周囲から白い目で見られやすい。その結果、余計なことは言わずに周囲の言動に合わせる習慣が根付いたのである。その習慣は、個人の自我の確立が前提とされる近代社会に移行した後でも、改められることはなかった。 技術者には説得術の教育を 商人の世界は古今東西を問わず、駆け引きの世界である。わが国も例外ではない。これに対して、実直を旨とした教育が施される日本の技術者の世界では、駆け引きは醜い行為とされてきた。そのせいか、本格的な工業国家となった日本では、技術者教育の一環として【弁論術・説明術・説得術】などのカリキュラムが、必要とされているにもかかわらず、教育制度から見事に欠落している。 日本住宅公団(住宅・都市整備公団の前身)が設立されたのは昭和30年。当時の同公団のスローガンは【1円でも安く、1戸でも多くの住宅を国民に提供する】というものだった。設立時に幹部職員からこのスローガンを何度も叩き込まれた同公団設計部の職員たちは、計画案と予算案を提出するたびに上司から【もっと安くならんか。もっと削れるところはないか】と執拗に迫られた。そして、ついに屋根をモルタル防水にしてしまった。 何年か経つうちに、【公団住宅はみんな雨漏りがする】と国会で問題となった。議員につるし上げられた当時の公団総裁は直ちに公団の技術者を呼び付けて詰問した。技術者が【雨漏りの原因はモルタル防水です。原因ははっきりしていますが、何しろ1円でも安くしろと耳にたこができるほど、説教されていましたので・・・】と答えると、公団総裁は【ばか者! お前たちは技術屋ではないか。それならそうとなぜその時説明しない!】と怒鳴りつけたという。 この実例は技術屋の説得力不足を示す生きた見本である。現在でもこれに似た話は設計屋、施工屋を問わず、いくらでもある。工学部の教育には説得術・弁論術の講座が必要なのである。 経験不足で不利な建築技術者 裁判や紛争に巻き込まれた建築技術者にとって一番大事なことは、1.裁判や紛争の大局を見て、2.技術の枝葉末節に必要以上こだわることなく、3.いかにして事態の本質(この場合は技術的な本質)を裁判官に納得させるか、ということである。 裁判とは利益や立場の相反する2者が、裁判官(技術には全くのド素人)の前でそれぞれに自己の正当性を主張し合う一種の戦争である。【勝てば官軍】という言葉があるが、たとえ卑劣な手段をろうしてでも、裁判官を説得した方が勝つことになる。逆に、正直一方では必ずしも勝てる保証はない。 世の中には、手抜き工事の常習犯と言うべき、いわゆる悪徳業者がいる。彼らは手抜き工事のためにしばしば訴えられるが、裁判の場数を踏むにつれて、【裁判に勝つ】コツを身に着けるようになる。加えて、このような悪質な業者には何となく体臭の似通った弁護士が顧問としてついている場合が多い。 これに対して、まじめ一方でコツコツと技術の練磨に励んできた技術者にはほとんど100%裁判の経験がない。そうなると、勝敗の帰すうは明らかである。 裁判では難解な技術論は避ける
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