町医者としての建築家の役割
 建物の不具合に対して、表面的に応急措置を施しても、その不具合の原因を追及して除去しなければ 、真の解決にはならない。
 まず、設計に問題があり、不備な設計図に従って工事を行なえば、竣工後にクレームが発生するのは当然である。また、設計は正しくても施工の不備によるクレームの発生が多いことも我々は経験的に知っている。建物のクレームには設計や施工の不備に基づくケースが多いため、それら不備の原因を探し出してから修理をすることが大切である。
 自社で施工した建物ならば、これらの原因の追及も熱心に行なうものだが、そうでない場合、つまり自社がその建物の建設に関わっていないのに単に雨漏りだとか、ひび割れだとかの修理だけを頼まれたとしたら、原因追及に対してあまり熱心になれないのも人情であろう。
 建築家とか、設計者とか言われる人たちが、マンションの修繕に関わらなければならない理由はここにある。すなわち、建築家は故障の現象を見ると反射的にその原因を考える習性を持っている。その現象の原因が躯体にあるのか下地にあるのか、あるいは仕上材だけの問題なのか等々、これまでの知識と経験に照らして考えをめぐらすのである。そして、自分の知識だけでは判断がつきかねる場合には、それぞれの専門家の知恵も借りるなどして、徹底的に原因を追及するのである。建物の各部分は相互に有機的なつながりがあるから、絶えず全体を見て総合判断を下すことが要求され、そのような訓練を長年受けている
建築家でなければ全般的な状況判断がつきにくいのは当然である。
 一業種、一職種だけに熟達していても、他業種との関連がわからなければ建築としての知識とは言えない。要するに、建物全体について浅くても広い包括的な知識を持っている建築家のマンション修繕に関わる立場は、例えば町医者的な立場とも言えるだろう。患者の訴える断片的な症状を聞き、打診・触診などによって病状を知る。症状が重い場合、あるいは特殊な症状の場合には、それぞれの専門医を紹介するなど、正しい処置を講じるのが町医者であり建築家なのである。素人集団である管理組合が自分の判断だけで専門業者に接触したり発注したりするのは、発熱や下痢などの症状に対して売薬を服用するようなものである。適切な場合もあるだろうが、却って症状をこじらせる結果になる場合も少なくない。
 数年前から建設業界において、TQC運動が盛んになりつつあり、図面や施工のミスの追及に大きな努力が払われている。この結果は、おいおい現われてくるだろうが、現在、修繕問題を抱えているマンションは業界のTQC運動以前に施工されたものばかりである。その故障の原因も、単なる経年劣化だけでなく、設計や施工の不備に起因するものが多い。将来、TQC運動の効果が期待できても、現在のところ、生まれつき病弱なマンションが多いから町医者的建築家の役割は重大である。
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