第13回  「弁護士会による照会」で行政に違法行為を立証させる
建築トラブルの被害者は普通最初に行政庁の建築指導課に相談に行く。
しかし、建築指導課は建築確認後のことには関心がなく、相談にも乗ってくれないことが多い。
ある訴訟では、弁護士会を通じて、基準法違反の有無を問う照会状を送り、その回答を証拠として法廷に提出した。

筆者は被害者側のアドバイザーとして、これまで数多くの建築トラブルにかかわってきた。しかし、トラブルが発生した直後に筆者を訪ねてきた被害者は1人もいない。まずは県や市の建築指導課に泣きついたところ相手にされず、困り果てたあげくに、筆者のもとへたどり着いた人ばかりだった。

確認後はお構いなしの建築行政
建築指導課の面々と言えば、裁判官とは異なり、法律のみならず技術の専門家でもある。悲惨な目にあった被害者たちの気持ちを分かってくれそうなものだが、実際には、有効な対策や指導はしてくれない。建築確認申請の審査では、重箱の隅をつつくように細かく、また、時にはに恣意的とさえ思えるほど厳しい【行政指導】を行う彼らも、いったん建築確認を下ろしてしまえば、後は何が起ころうとお構いなしなのである。
もっとも、例外がないわけではない。76年頃、東京都千代田区の建築指導課の構造担当者数名が、自分たちが確認審査を担当した建物の、その後の施工状況を視察した。その結果、鉄骨工事現場では48件中実に47件が欠陥溶接を行っていた事が判明。新聞に大々的に取り上げられた。これをきっかけに、鉄骨工事業界は技術力育成に努め、今日の高い溶接技術水準が築かれた。これは確かに【美談】だが、よくよく考えてみれば、行政が当然のことをしたまでと言えないこともない。
しかし、今の建築行政はその当然のことができておらず、期待をかけても無駄骨に終わるのがオチである。
ところが、厄介なことに裁判官は行政と司法とは別物と考えているらしい。建築基準法違反についても、行政庁が、【この建物は違法建築である】と、お墨付きでも出さない限りは、法律違反か否かを積極的に調査する意志は全くないようだ。

【弁護士会による照会】を利用
それならば、行政庁の重い腰を上げさせようと試みたが、本シリーズ7と9で取り上げた訴訟。躯体工事が終わって仕上げや設備も半分以上出来上がった時点で中断した建築工事をめぐり、ゼネコンが発注者に工事代金の支払いを求めたものだ。
もっとも、まともにぶつかっていっても、そんな書類は書いてはもらえない。そこで、【弁護士会による照会】という手段を用いることになった。つまり、事件の担当弁護士が所属する弁護士会の会長を通じて、弁護士法第23条の2に基づく照会状を送り、その回答書を行政が基準法違反を認めた証拠として法廷に提出する作戦をとったのである。
しかし、それでも、県の建築指導課長はすんなりとは回答してくれなかった。鑑定書には基準法違反工事であることが明記されているに、【工事再開に当たっては、基準法12条第3項の報告によって調査する。・・・】と、逃げ腰の姿勢だった。なぜ即刻調査しないのか。公務員としては不可解な態度である。2回目の回答でようやく【違反建築には検査済証は出せない】旨を書いてはいるが、あくまで仮定的な表現で通している。納税者の1人である建築主の被害にそっぽを向くこの対応はいかがなものであろうか。

●照会状(第一回)

照会を必要とする理由

被告(発注者)が原告(施行者)に対して発注した、会員制ホテル○○○○(地上4階、地下2階、延べ面積8470.97平方メートル)の新築工事につき、原告の手抜き工事、建築基準法違反の事実があり、建物の安全性に重大な問題があたため、被告は、昭和○年○月頃、○○県○○部建築指導課に赴き、原告が中途で放棄した上記構築物(以下、本物件という)に関する鑑定人○○○○氏作成にかかる鑑定書(以下、○○鑑定書という)を、当時の担当係長である○○氏に提出した。この○○鑑定書に関して特定行政庁の判断と対応を知る必要があるため。

照会事項

1.○○鑑定書を読んだか。
1) 読まなかったとすれば、その理由
2) 読んだとすれば、その鑑定書に基づいて本物件の調査を行ったか。
また、その調査はいつ、だれが、どのような方法で行ったか。

2.本物件について、原告に対し是正命令等の必要が認められたか。
1) 認められたとすれば、その理由。
2) 認められなかったとすれば、その理由。

3.本物件について、原告に対し、何らかの指導、指示、措置を講じたか。
1) 講じたとすれば、その内容および年月日ならびに理由。また、差し支えなければ当該文書類の写しを送付されたい。
2) 講じなかったとすれば、その理由。

4.本物件は建築基準法に違反しているか。
1) 違反しているとすれば、その違反事項を列挙して下さい。
2) 違反してなければ、その理由。

●回答(第一回)
建指第○○○○号
平成○年○月○日
○○弁護士会 会長○○○○様
○○県○○部建築指導課長
○○○○

弁護士法第23条の2に基づく照会について(回答)

○年○月○日東照第○○号、東照第○○号にて照会のありましたことについて下記のとおり回答します。


1.照会事項1.について
○○鑑定書は読みましたが、これに基づく調査は特に行っておりません。ただし、株式会社○○○○(発注者)の通報により昭和○年○月頃から数回にわたり○○土木事務所や建築指導課の職員が現地に出向いて現状を把握しております。

2.照会事項2.について
是正措置の必要性については、工事再開の前に建築基準法第12条第3項による報告を、建築主または工事の施工者等に対して求めたうえで判断します。

3.照会事項3.について
昭和○年○月に株式会社○○○○、○○○○建設工業株式会社(施工者)の双方に対して、工事を再開する場合には○○土木事務所に建築基準法第12条第3項による報告書を提出し、検査を受けたうえで着工するよう口頭で指示しました。

4.照会事項4.について
建築基準法に違反しているかどうかについては、工事再開の前に建築基準法第12条第3項による報告書を求めたうえで判断します。

●照会状(第二回)
照会を必要とする理由

株式会社○○○○が○○○○建設工業株式会社に対して発注した会員制リゾートホテル○○○○の新築工事につき、施工者による計画的かつ悪質な手抜き工事・変更工事およびこれに基づく建築基準法違反の事実があるが、現在、本件建物の構造体(躯体工事)は100%終了しており、仕上げ工事および設備工事の一部を残したのみで、その出来高は82.5%であると、施工者は称している。本件建物について、鑑定人○○○○氏作成の鑑定書は下記の結論を出している。

1. 本建物の構造体は、現状のままでは、原設計に示された耐力を保有していない。
2. また、この構造体は、建築基準法・同施行令、建設省告示ならびに日本建築学会の関係諸基準にも適合しない。
3. よって、本建物は、現状のままでは構造上の安全性は保証されていない。

よって、株式会社○○○○は、本件建物が構造体をこのままにして完成された場合、建築基準法上要求されている検査済証が取得できるものか否かを知りたいため。

●回答(第二回)
建指第○○○○号
平成○年○月○日
○○弁護士会 会長○○○○様
○○県○○部建築指導課長
○○○○
弁護士法第23条の2に基づく照会について(回答)

○年○月○日付け、東照第○○号にて照会のありましたことについて下記のとおり回答します。


照会事項の建築物に関する鑑定人○○○○氏作成の鑑定書において、当該建築物が構造上、建築基準法に抵触していると指摘されているとの情報を得ている。
したがって、照会事項のなかで「構造体をこのままにして工事を完成させた場合」とあるが、本県としては工事の再開に当たっては、建築基準法第12条第3項の規定に基づき、当該建築物に関する報告を関係者に求めたうえで、その内容を審査する考えである。
また、建築物の工事が完了した場合に、建築基準法等に適合していなければ建築基準法第7条第3項の検査済証を交付することはできない。

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