第12回  事前に作戦を練り証人尋問で証言を引き出す
証人尋問では事前に作戦をよく練り、有利な証言を引き出す質問をすべきだ。
鑑定人のなかには、独自に判断を下して、誤った鑑定をする人もいる。
鑑定報告書はあいまいな表現を避けて、分かりやすい平易な文章を書く。

裁判は提訴から始まり、まずは答弁書の提出が求められる。その後は準備書面での応酬となり、証拠書類や証拠写真、証拠物件等が続々と提出される。そして、それらがある程度出そろった時点で、原告、被告双方が証人喚問を裁判官に申請する。
証人としてどんな人を何人選ぶかは当事者の自由である。ただ、裁判官が係争と関係がないと判断した場合には、証人を拒否されることもある。
裁判官は準備書面を読み、証拠を見た後に、証人に出頭を命じる。証人は正当な理由がないと出頭を拒否できない。出頭した証人は【真実を答える】旨の宣誓文を読み上げて署名押印をする。それから双方の弁護士による証人尋問が始まる。最初に証人を申請した側の弁護士が尋問し、次に相手方の弁護士が反対尋問を行うのが慣例だ。
この証人尋問の内容は書記官と速記官が一部始終記録する。当事者はこの速記録が普通文に直された後に有料でコピーしてもらえる。当事者と弁護士はそれを読んで、次回の尋問に対する作戦を練ることになる。1回の証人尋問にかけられる時間は大体1〜3時間。そのなかで自分たちに有利な証言を引き出そうとするのだから、事前に質問の内容や順序、山場などを十分に研究しておく必要がある。そうしないと、枝葉末節のつまらない応答に時間をとられて、肝心のことを聞き出せないまま終わってしまう。
証人が大事なことをはっきりと答えざるを得ない質問を次々と繰り出すことが必要だ。
鑑定人には誤った鑑定をする人もまた弁護士は鑑定人による公正な鑑定を裁判官に申請することができる。申請を受けた裁判官は、その必要を認めれば、誰かに鑑定を命じることになる。鑑定人を誰にするかを決めるのは裁判官だ。ところが、裁判官自身は技術に明るくない。誰を鑑定人に選べばよいか迷ってしまう。建築関係の鑑定人を選ぶ場合には、通常は日本建築学会とか、新日本建築家協会(JIA)、公的試験所などに声をかけ、しかるべき人を推薦してもらうようだ鑑定人に選ばれると、裁判官名による鑑定命令書を受け、客観的かつ公正な鑑定を行ったうえで報告書を提出する。
ところが、なかには、判断能力がないのに独自に判断を下して誤った鑑定報告書を作成する人もいる。中途で請負者が放棄した工事の出来高支払いをめぐって争われたある事件では、構造安全性の鑑定人はすんなり決まったが、出来高の鑑定人の引き受け手がなかなか見つからず、結局、不動産鑑定士の免許をもつ不動産会社の社員と、以前は県庁の建築課に勤めていた1級建築士の2人が選ばれた。
この事件は、請負金額と工期が記入されただけで設計図書の添付もなく、工事請負契約書が調印された。着工後、設計事務所と元請け、下請けが施主には内緒で何回も設計図や仕様を変更。使用鉄筋のおよそ半分にあたる500トン余りのD13,D10がすべて無規格のインチキ鉄筋であったことが構造安全性の鑑定報告書で指摘された。ところが、出来高の鑑定人たちが作成した鑑定報告書では、出来高数量は施工者が既に提出していたものに若干の追加、変更を加えたのみ。出来高金額も、施工者が主張している額から、正規の鉄筋とインチキ鉄筋の価格の差額約500万円と変更項目による減額分の約400万円、それに構造体の補強工事費用等の4500万円を差し引いただけだった。しかも、後に行われた証人尋問で出来高の鑑定人たちが証言したところによれば、【工事出来高の鑑定は書類審査が主である】として実際に現場内部を見回ったのはわずか2,3時間だったという。なお、施工者が要求していた出来高は、約25億円の工費のうち19億円近かった。
鑑定人の証人尋問で、施主側の弁護士は出来高の鑑定方法とその結果の不当性を激しく訴えた。しかし、後で記録を読むと、弁護士が技術に疎いために、鑑定人である1級建築士に軽くあしらわれ、結局は国会での証人喚問のようにうやむやのまま時間切れとなっていた。弁護士が自分1人で頑張らず、しっかりした建築士と綿密に作戦計画を練っておけば、こうはならなかったと思われた。

詳し過ぎる鑑定書にも難点
誤った鑑定報告書は言語道断だが、かといって、詳し過ぎるのもよくない。【ああも考えられるがこうも考えられる。またこういう考えもあり得ないわけではない。・・・】などと学術論文のようになっては、裁判官はわけが分からなくなってしまうからだ。
また、狡猾な弁護士なら鑑定報告書から都合のいい部分だけを針小棒大に引用し、裁判を有利に進めようとする。
例えば、今回取り上げた事件で、構造安全性の鑑定報告書は【本件建物全体を取り壊すことなく、所期の用途に供するためには、部分的な撤去、つくり直しを含む抜本的な対策を実施して構造上の安全性を確保する必要がある】と結論づけたうえで、柱・梁・壁のせん断耐力補強法、床スラブの曲げ補強法を提案していた。
各補強法の末尾には、すべての項目ごとに【壁付き柱、スラブ付き梁の場合、施工が極めて困難である】とか、【既存コンクリートと付加されるモルタルまたはコンクリートの一体性の確保が難しい】とか、【実施に当たっては実験的検証が必要である】などと付記してあった。
ところが、施行者側の弁護士は【被告が主張する不正工事とか、瑕疵と称するものは、一定の補修、補強で事足りるとこは構造安全性の鑑定人の指摘するところである】と断定し、出来高の鑑定人の主張する約4500万円の補強工事費を十分なものと主張したのである。
しかし、計500トンにも及ぶ不良鉄筋の後始末がこんな金額でできるはずがない。なのに、この弁護士が奇弁を堂々と主張することができたのは、鑑定報告書が【きわめて困難な補強法】などというあいまいな表現を使っているためだ。実際には不可能と言っていい内容なのだから、そう明記すれば、弁護士も奇弁を弄することはできなかったはずだ。
読者が鑑定人となったら、ぜひ素人にも分かる平易な文章で鑑定報告書を書くよう努めてほしい。
←前へ戻る 次へ進む→ 【建築トラブル心得帖】のトップへ戻る↑