第4回  なかなか結論の出ない裁判と紛争処理委員会
・刑事裁判となるトラブルで、被告人となるのは直接原因をつくった人である。
・明確な法令違反のあるトラブルも、話し合いで示談が成立すれば、民事裁判に発展することはない。
・裁判と紛争処理委員会では、なかなか結論が出ず、しかも法令違反を無視した和解勧告もなされる。

裁判には大きく分けると、刑事裁判と民事裁判がある。前者は刑事事件が対象。殺人,強盗,横領などの刑事事件が、警察や検察の調査により必要と認められると裁判に持ち込まれることになる。

原因をつくった人が被告人になる
建築トラブルが刑事事件となり、刑事裁判に問われる可能性が出てくるのは、原則として人が死傷した場合である。例えば、積雪のために工場や倉庫の庇が落下し、その下敷きになった人が死んだとしよう。この場合、警察の捜査対象は、積雪量,風向きなどから構造計算書、構造図にまで及ぶことになる。
ここで、建築基準法や地方条例等に定められた積雪量以上であったことなどが判明すれば、事故が起こったのは不可抗力によるものとされ、刑事裁判には発展しない。だが、構造計算上の間違いや構造図の間違い、あるいは施工での間違いがあったことが判明し、なおかつ、それが立証されると、刑事裁判に持ち込まれることになる。そして、間違った計算,間違った図面,間違った施工をした人が【下手人】として刑事被告人となるのである。
この場合、設計や施工の総括責任者、すなわち、確認申請書類上の設計者や工事現場の作業所長が被告になるとは限らない。あくまでそれに該当するのは、庇の落下した原因を直接つくった人である。【おれは下請けのまた下請けで、図面にも計算書にもおれの名前は書いてない。何があっても責任は元請けにあり、おれは何の責任も問われないはずだ】などと、気楽に考えていたら大間違いで、事件の規模や性質によっては犯罪者となることも十分あり得る。
刑事事件での裁判は本稿の守備範囲外としたいところだが、事故に関する技術的証人として出廷を命じられたら、拒否するわけにもいかない。そこで、簡単に概略を述べてみた。
なお、出廷した場合には、宣誓文を読み上げ、署名捺印をしたうえで、聞かれたことに正直に答えることになるが、すべての質問に答える必要はない。初回でも述べたように、なかには【それが分かればノーベル賞もの】という質問もある。それにあやふやな答弁をしては、後になって【偽証罪】に問われる可能性もある。あくまで自分の知識と良心に基づき、正しいと信ずることだけを答えるべきだろう。

示談で裁判を避ける
同じ庇の落下事故であっても、死傷者がでなければ、刑事事件とはならない。この場合、民事裁判として法廷に持ち込まれることになる。建築トラブルをめぐる民事裁判では、建築注文者(=原告)が欠陥建築をつくった施工者や設計者、あるいは監理者(=被告)に対して損害賠償を求める訴訟を起こすのが普通だ。
もちろん、欠陥建築が発覚したからといって、すぐに裁判となるわけではない。欠陥建築の原因が施工あるいは設計にあることが立証されても、施工者や設計者が建築注文者に損害賠償を申し立て、それで話がついてしまえば、裁判沙汰にはならないからだ。
実際、日本の社会ではこれまで、当事者同士の話し合いから示談が成立するケースが多かった。某銀行の事務センターの建設工事で、施工中にコンクリート強度の不足が見つかり、新聞などで問題になった事件が昭和51年にあったが、それも結局は裁判に至らなかった。話し合いの結果、施工者側が自発的に工事のやり直しをしたからである。
筆者にも同様の経験がいくつかある。昭和50年代のことだが、欠陥マンションの相談を何件か持ちかけられた。そのうちの一件で、調査の結果から設計と施工の双方に問題があることが判明。筆者がデベロッパー,設計者,施工者と住民との間に立って話し合いを進めることになった。その結果、示談が成立し、デベロッパー側が無償で修理を行うことで、決着を見ている。

法律違反を無視して和解を勧告
このように裁判に至る前に双方が誠意をもって話し合い、円満な解決を図るのが、日本の社会では常識となっている。
ところが、近年は設計監理や施工が悪くても、へりくつをつけて自己の非を認めない厚顔無恥な設計監理者や施工者が多くなった。このため、裁判もしくは紛争処理委員会に持ち込まれるケースも増加の一途をたどっている。
裁判になると、まず地方裁判所で第1審が争われることになる。ここでの判決に原告、被告のいずれか一方でも不服がある場合には、高等裁判所に控訴、さらに最高裁判所に上告することが可能だ。ただ、そうすると、あまりにも時間がかかってしまう。周知の通り、最高裁の判決を得るには20年も30年もかかるのが実状なのだ。
そこで、こうした事態を解消するために、建築トラブル専門の処理機関がつくられた。紛争処理委員会である。これは1審制の裁判のようなもので、判決には原告、被告双方ともに不服を唱えることができない。こうして、処理の簡略化とスピードアップを図っているわけだ。
しかし、この紛争処理委員会にも問題がないわけではない。最大の問題は、裁判と同様になかなか結論が出ないことだろう。裁判、紛争処理委員会ともに、明確な法令違反があってもすぐに決着がつくことはない。 双方が主張し合い、さらにある程度進展が見られたところでやっと、裁判官(紛争処理委員会の場合は調停官)が【そろそろ和解の話し合いをしませんか】と言い出す。
裁判官も人の子である。【被告は欠陥のある建物を取り壊して建て直しなさい。】などと命令するのは、彼らにとっても気持ちの良いものではないだろう。判決を先送りにしたくなるのもわからないではない。
ただ、裁判官も忙しい(裁判官が常時抱えている裁判は、1人当たり100件以上にのぼるという)ので、そう長引かせることもできない。ある段階で和解を切り出すのはこのためだ。
だが、これは当事者にとっては迷惑な話である。同じ和解勧告をするにしても、やはりある程度黒白をはっきりさせてからするべきではないだろうか。特に建築基準法違反がうやむやのままでの和解勧告には、建築技術者としてどうにも納得がいかないのである。
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