1.構造性能評価法の提案
井上博の提案シリーズ 2000年8月
建築構造躯体の性能は各部位ごとの性能の足し算ではなくかけ算によって表現される
「性能評価などできるわけがない」というのが建設業界の通念だが、やる気になればできる。それも単に「この建物は震度7まで耐えられる」といった簡単なものではない。材料・工法すべてにわたり、綿密に管理し、評価すれば、素人にも理解できる性能保証ができるのである。但しその為には、構造設計者は現状に甘んじることなく、本物のプロとしての厳しい修練を行い、数多くの現場の工程に立ち会って、施工者の意識と技術力を見極める実力を身につける必要がある。免状を持っているだけのペーパーエンジニアでは困るのである。

説明の為にRC造(鉄筋コンクリート造)建築物の構造体としての要素を極端に簡略化して、仮に3項目だけを考える。

1.杭の材料及び打設工事
2.上部構造の鉄筋工事(鉄筋の品質及び施工精度)
3.  〃  コンクリート工事(生コンの品質及び打設精度)

各項目はそれぞれ材料と施工に分かれているから、判定項目としては6項目ということになる。

杭と鉄筋の材料については、どちらも工業製品であるから(現場造成杭を除く)その品質は規格に合致して合格している限り判定基準は1.0とする。生コンの品質はセメント、砂利、砂、水、添加剤等々の原材料の品質及び、これらの材料の配合設計とその配合の実施状況に応じて変化するから、鉄や既製杭みたいに一概に定めることはできないが、簡略化の為にこの品質も0.8〜1.2ぐらいの間で評価する。
各項目ごとの施工精度については、建設省その他の各官庁の技術公務員の人達及び日本建築学会その他のいわゆる学者先生達の御考えは、「官庁や学会で定めた仕様書だとか施工要領書とかに従って施工が行われれば、その施工精度は標準的評価として概ね1.0と認められる」との考え方が大勢を占めているようである。しかし自分で設計した工事現場を自分で監理するという生活を40年近くも続けてきた筆者に言わせれば、現場の施工精度はピンからキリまでの落差が甚だしく大きい。監理のやり方次第で限りなくピンに近づくし、ルーズな監理もしくは無監理の状態では容易にキリに近づく。 従って現場施工態度や施工状況を把握せずに、一概に1.0と評価するのはかなりの冒険と言わざるを得ない。もちろん極端に悪い場合、例えば1.0に対して0.5とか0.6ぐらいしか評価できないような施工状態であればそれはやり直しを要求する。逆に非常に良くやってくれたと思えば、その項目については良い評価値を与えることにする。そういう意味で工事施工精度についても0.8〜1.2ぐらいの範囲で評価点を与えることにしている。
さて、ここで述べている例について言えば、工事項目は杭と鉄筋とコンクリートの3項目であり、そのおのおのの材料と施工精度について評価するわけだから評価項目は6項目である。そこでこの建築構造に対する総合評価点としては、この6項目の評価点をそれぞれ合計すれば良いか?・・・・・・  答えはNOである。正解はこの6項目のそれぞれの評価点1.0とか1.2とか0.9の全てを掛け合わせたものが総合評価点であると筆者は考える。
全ての項目についてごく標準的な1.0が与えられているとすれば、それらを全て掛け合わせた数字は当然1.0となり、この構造物は法律や規準類に忠実で、ごく標準的な構造性能を有しているということになる。
しかし、例えば杭と鉄筋についての材料評価はどちらも1.0、生コンの材料評価は非常に良くて1.2であったとする。施工精度の評価も杭も鉄筋もコンクリートも非常に良くてそれぞれ1.2であったとする。そうするとこの建物の構造体の総合評価は、

1.0×1.0×1.2×1.2×1.2×1.2=2.07

すなわち標準的な施工状態に比べて、2倍以上の評価点になる優秀な構造物ができたということである。
ところが、この杭の一部に監理者も施工者も杭メーカーも気付かずに見逃してしまった致命的な欠陥が有って(現場造製杭の場合には時として起こる)、大地震の際にその杭材料の欠陥が原因となって杭が折れたとする。そうすると杭の施工や鉄筋やコンクリートの材料や施工がどんなに良かったとしても、杭が折れてしまえばこの建物の構造体の価値は0になる(こんな大変な欠陥に気が付かなかったというのではメーカーも施工者も監理者も落第であるが・・・)。このように考えれば、構造体の総合評価は、各材料や各部の施工精度の個別の評価値の積(掛け算)であって和(足し算)ではないということがお分かりであろう。

以上は説明の為に評価部分を3項目、評価対象を6項目として説明したが、現実の建物にこの評価法を適用する 場合には、これまでの筆者の体験を基にして考えた場合、次表のようなことになる。この表では評価項目は13、採点見本ではA例(良い現場)では2.8、B例(良くない現場)では0.34点となっている。

阪神・淡路大震災で倒壊した建物の多くは、他の多くの要素はもちろんあるにしても、この方式による性能評価値が1.0をかなり下回っていたはずだと私は睨んでいる。逆に、この6要素がおのおの15%ずつ余裕を持って設計・施工されたとすれば、

1.15×1.15×1.15×1.15×1.15×1.15=2.31

となって、設計時に期待された強度の約2倍以上のものができる。他のいろいろな要素もあるから一概には言えないとしても、素人向けに分かり易く言えば、予想震度の2倍にも耐えることができるようになるのである。
隣り合った建物が、一方は大被害なのに、一方は無被害という例は世界各地の地震で数多く見かけられることで、素人の人達からは「なぜ?」という質問が必ず投げかけられるが、このような「各工程ごとの掛け算による性能評価法」を考えれば、素人にも分りやすい説明ができるはずである。
このように、建築の構造躯体を構成するすべての材料と各工程ごとのすべての工法に綿密な採点をしてゆけば、建築基準法や建築学会が示す性能目標値に対して1.3倍とか2.5倍とかの性能保証が可能になる。トータルの評価値が0.8とか0.6とかの場合には、工事代金の減額とか、保険料金の増額というようなことも考えられる。

手造り一品生産に技術者の誇り(職人気質、技術者魂)を造り込む

わが国では昔から「職人気質」とか「技術者魂」とかの言葉がよく使われてきた。しかしこの20〜30年の間、「科学、技術の進歩」という言葉におされて、いつの間にか死語となりつつあるようだ。何度も繰り返すが、手造り一品生産ではひとりひとりの技術者の技と誇りが建物に造り込まれなくてはならない。先端技術にばかり捉われて基本技術が空洞化しつつある現状を1日も早く改めて、良い建物の性能を数値化して表現する必要がある。
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