理想のコンクリートと打設の提案
井上博の提案シリーズ 2000年9月
W/C50%以下、スランプ12〜15の生コン打設と協組の問題
硬練り生コンの打設 バイブレーターの効用 充填ボーヤの効用 スラブにはタンピング 生コン協組の問題点
1.硬練り生コンの打設

日本の建築界では伝統的にスランプ20前後の軟練コンクリートが使用されて来た。そして、コンクリートの品質規定は各種の条文上の建前を別とすれば事実上は強度だけである。その結果「コンクリートにヒビ割れはつきもの」との常識(?)が定着 して「クラック誘発目地」という言葉が発明されている。
コンクリートの本来の目標は耐久性である。ヨーロッパの石造建築物が何百年もの 寿命を保っているのに、日本のRC建築の寿命は20年とまで酷評された一時期(昭和50年代後半)があった。幸いに生コンの塩分規制やアルカリ反応骨材の否定などで生コンの品質は若干改良されたかに見えるが、殆どの現場での生コンの発注が「スランプ18の軟らか目!」の一言で片付けられているのは何とも悲しいことである。先日もある生コン工揚の人が「現場に到着した生コンのスランプが17cmだったら『うちでは18cmの軟らか目を指定したのであるから、17cmのものは引取れない。持って帰れ!』と言われた」と嘆いていたが、まさに嘆かわしいとしか言い様がない。

私の事務所では数年前から理想のコンクリートを追及している。その手法は、
(1) 壁厚、床厚は25cmを標準とし、被り厚最小4cmで設計する。これによって硬練り生コンの充填、締め固めが容易になる。また、スラブが厚いとスパン7mぐらいまでは小梁なしですむから型枠工、鉄筋工の人工が減る。
(2) 生コンは水セメント比50%以下、スランプ12〜15cm、空気量4.0±1.0%と指定する。
(3) コンクリートコンサルタントと協同して生コン工場の選定を行う。納入時間 30〜60分の工場すべてにアンケート式の1次調査表の記入をお願いし、その中から優良2〜3社を残す。この2〜3社を対象に2次審査として当方から出張して工場を視察し、工場長、試験室長等に面接し、同時に試し練りを行って貰う。

試し練りは、
1 標準調合の他に
2 砂の表面水率を実際より1.5%過小に評価したと仮定しての場合
3 空気量を6%にした場合

の3通りの試し練りを行うことにしている。表面水率の過小評価はスランプ増大につながるし、空気量の過大は強度低下につながるからである。現場での実状はスランプや空気量が必ずしも指定数値内にピタリと納まるとは限らず、何十台のうち1〜2台くらいはスランプや空気量の過大の生コンが納入される。それ等を打設中に指定通りの正規生コンと上手に混ぜ合わせ、結果的には全体の品質を落とさずに躯体を造り上げるためには少数不良分子の性質も知っておく必要があるからである。
(4) 生コン工場がきまり、躯体工事に関わる各職方が決定したら出来るだけ早い時期にコンクリートの勉強会を開催する。生コン屋さん、ポンプ屋さん、コンクリート工、鉄筋工、型枠工、それに電気、給排水、空調等の設備関係者、ゼネコンの現場員全員と工事部長クラスの人までを一堂に集めて3〜4時間の説明と質疑応答会を開くのである。
この数年間の勉強会を通して感じたことがある。特記仕様書にはスランプ12 〜15と書いてあっても、各職方の人達は最初は半信半疑だったらしい。特にコンクリー ト工の人達は勉強会が始まっても「そんなのほんとに出来るのかな?」という疑問がアリアリと顔に出ている場面も何回かあった。しかし筆者およびコンクリートコ ンサルタントから、なぜスランプ12なのか? なぜW/Cが50以下なのか? なぜ被り厚さが4cmなのか? なぜ壁厚が25cmなのか? という理由を、コンクリートの特性と共に順序正しくかつ分り易い言葉と図面で説明を聞いているうちに、少しずつ緊張もほぐれて行き、最終的には「よし、スランプ12に一丁挑戦しよう!」と言う意気込みに変化して行くのが毎回の常であった。勉強会の主催者としての設計監理者およびコンクリートコンサルとしては、このようにして最初の疑問と緊張感を解きほぐして、チャレンジ精神を盛り上げて行くのがつとめであると毎回改めて思う。

アメリカ人にいわせればスランプは4インチ(10cm)が常識らしいが、日本の建築現揚としてはスランプ12は常識破りの硬練りコンクリートとして受け止められている。しかし、RC建造物の特性である「耐久性」を考えれば、「水の少ない硬練りの生コンを密実に締め固める」以外に方法はないのである。
2.バイブレーターの効用

今の日本建築業界においてはバイブレーターの効用に対する認識が非常に低い。それというものスランプは18〜20程度の軟練りコンクリート(いわゆるジャブコン)の場合は、バイブレーターによる振動で生コンが分離することも少なくないから、バイブを掛けるのはほどほどにした方がいいからであろう。しかし硬練り生コンの場合はバイブなしでは施工不可能である。先ずポンプの筒先には φ50又はφ60のバイブを2〜3台配置して、硬練り生コンが密な鉄筋の間を通り抜けて型枠中に行き渡るようにする。これを充填用バイブレーターという。
この他にφ40のバイブをもう1台用意しておき、充填後20〜30分後のやや落ちついたコンクリート中にゆっくりと差し込みゆっくりと引き抜く。これは締め固め用バイブレーターで、充填されて一旦落ちついたように見えるコンクリートの中で、銑筋や砂利の下に集中している水や空気を追い出すためである。ポンプの筒先から出た時に、ジャブコンの場合は液体に近いが、スランプ12〜15の場合はかき氷かシャーベット状になっていて空隙が多いから、ゆっくりとバイブを引き抜くにつれてボコッボコッと泡坊主が表面に浮き上がって来て、「ああ確かに締め固めが行われているなぁ」と実感できるものである。コンクリート工学協会で作られたビデオ教育講座のうち第4巻を見ればバイブレーターの効用がよく分るので御一覧をおすすめしたい。
コンクリート打設日には、コンサルタントはどの職人さんより早く出動し、朝礼前に一通り現場を見て廻って不備があれば指摘し、作業中はずっと付き沿って指導、注意を続ける。夕方、打設完了直後の15〜20分の間にポンプ屋さんと土工さん、それにゼネコン 社員も集めてその日の反省会を開く・・・。翌日を待たずに記憶の生々しいうちに開くこの反省会は非常に有効で、一日の労働で疲れた身体も忘れて発言し質問する人達の顔は真剣そのものである。基礎と地中梁等、第1回目打設部分の型枠をはがす時には従来のジャブコンとの品質の差は誰の目にも明らかであるが、特にコンクリート工の人達の顔には「やったぁ」と言う感動がどの現場でも見られる。この時、監理者や、コンサルはすかさず大声で職人さん達を誉め上げることが肝要である。
3.充填ボーヤの効用

バイブレーターをゆっくり引き抜くと、抜いた跡は砂利のない水分の多い、モルタル状の痕跡が残る。これが後日のクラックのもとになりがちである。そこで、この部分の局部的品質改良のために充填用のコンクリート棒が開発された。円錐形で長さ300、根元の直径40のコンクリート棒(充填ボーヤ)をバイブレーターの引き抜き跡に挿入する。人力で簡単に押し込めるが、周囲の水を吸い取って均一なコンクリートとなる。押し込んだ部分を輪切りにしてもどこにあるか分らないという、忍者的効果を発揮するスグレモノである。
5.生コン協組の問題点

好況の時も不況の時も生コン業界は常にゼネコンからの値引きを強要される。
そしてまた容易に値引きを行って少しでもシェアを拡大しようとする不心得な一部業者のために生コンの品質と価格が低下して業界全体が迷惑する・・・。これを防ぐために生 コン協同組合を作って品質の向上と価格の安定を図っているが、それでも非組合員メーカーはダンピングを行うので、やむを得ず組合員の結束を固め組合員の正当な利益を確保するためには共同出荷等の措置が必要になって来る・・・。何といっても組合員全員とそ の家族の生活がかかっているのだから・・・。生コン協組の言い分はまあ以上のようなものである。
一方、需要家(とは言っても建築主やマンション住人ではなくゼネコンと工事監理者)側では、
1.生コン工場にもピンからキリまであるのに、ピンの工場とキリの工場を抱き合わせにしての 共同出荷とは何事だ。ひどい地域では当日にならないとどの工揚の生コンが納入されるか分からない、これではコンクリートの品質管理などムリだ!
2.またある地方では、「協組できめた標準配合」をすべての工場に押しつけているが、骨材の産地も貯蔵方法も異なり、生産設備や技術能力も千差万別の工場すべてに同一配合を守らせる なんて考えられない暴挙だ!
3.信頼できる立派な生コン工場があるので、ずーっとそこから購入したいと思っても協組に加入しているからそれはできないという。何のための協組か!

というようなクレームが絶えない。協組側のこんな態度ではとても良いコンクリートは望めな いと思うのだが、生活権で迫られると弱い。妥協点はないのか? 妥協を考えない解決方法はある。「協組解体、自由競争!」はあまりに過激すぎるというならは、鉄骨業界に倣って工場のランキングを定め、ランキング毎の協組と定価表を作ればよい。世界に有名な日本大蔵省の護送船団方式金融指導の結果は、今やその哀れな結果を天下に曝してしまった。生コン業界も護送船団をやめ、ミソもクソも同一価格をやめて、「高品質のものは高い」と高らかに謳いあげるべきだ。ゼネコン側も考え直すべき時期だ。建物全体の総コストに対する生コン費用はせいぜい数パーセントにすぎないのだから、それが仮に2倍になったとしても建築コスト全体におよぼされる影響は知れている。そしてその僅かなコストアップで建物寿命が2倍にのびれば建主は納得する筈だ。納得させるような運動はこれまで展開されていない。微々たるコストア ップを正当に主張せずに建物の品質と寿命の最大要因である生コンの品質を低下させているのは、日本の建築業界全体の施主に対する背信行為といってもよいのではなかろうか? 生コン、ゼネコン協力して建物の適正コストとその結果の建物の品質、寿命の因果関係の具体的説明運動を世間に向けて展開すべきである。
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