欠陥コンクリート改善の手だて 【井上博氏の"私の処方せん"】
日経アーキテクチュア 1984年6月18日
「コンクリートの肌の色つやに注目」
「何かがおかしい、どうも気になるんですよ」「こんなにひびが入って大丈夫でしょうか」
構造家・井上博氏のもとには、欠陥コンクリートがらみの相談が、しばしば持ち込まれて来るという。そのうち、3例を紹介しよう。
  ケース1:施工中に欠陥が発見され、大あわてで補強した話。
  ケース2:竣工後数年で欠陥が露呈。入居者のテナント対策に頭を痛めつつ、補強案を考えた話。
  ケース3:設計・施工さえしっかりしていれば、潮風にさらされるような悪条件下でも十分に耐え得る、という教訓的な例。
ケース1:施工中に大欠陥を発見し大あわてで苦肉の補強工事
昭和43年のこと。4階建て、延べ面積500平方メートルほどのRC建物の上棟式に出席したある設計事務所の所長さんが、何気なく建物を見回していると、梁の端部に各種配管用の貫通スリーブが集中しているのが目についた。
「せん断力の大きな梁端部に多くのスリーブを集めて大丈夫かな、と気になったんですよ。この建物の構造設計者でもないあなたに頼むのは筋違いだが、どうも気になるので見てもらえないでしょうか」というのが、その所長さんから私への依頼の言葉であった。
そこで現場に行って眺めてみると、なるほど各大梁の端部にスリーブが横一列に並んでいる。しかし、穴の径はせいぜい50〜125mm程度。「それほど神経質になることもあるまい」と思ったが、眺めているうちにおかしなことに気がついた。梁のスパン全体にわたって、ヘアークラックが異常に多いのである。
●ケース1のコンクリート強度(kg/平方センチメートル)
構造・規模 RC造,地上4階建て,
延べ面積約1500平方メートル
コンクリート打設時期 昭和43年
設計強度 210
打設時期の記録によるコンクリート強度 基礎:308 1階:284
2階:274 3階:287
上記の測定機関 東京都材料検査所
抜き取りコアによるコンクリート強度 105,105,116,120,135,136,142,146,147,155,159,197
テスト結果と食い違ったコンクリ強度
「おや」と思いながら隣の梁を見るとやはり同様。次も次も同じ。結局、4階建ての上から下まで全ての梁で、20〜30cmおきにヘアークラックが認められた。とっさに私は構造計算の誤りを考え、計算書を取りよせて調べてみることにした。しかし、その晩、所員数人と徹夜で計算をやり直したが、特に計算上の誤りは見つからなかった。
さてそうなると、なぜあんなに多くのクラックが発生しているのだろうか。どうにも腑に落ちない。念のために翌日また現場へ行き、テストピースの圧縮試験の結果を見せてもらったところ、270〜310kg/平方センチメートル程度があることになっていて、東京都の材料試験所の角印も押してある。しかし目にしたクラックは、どう考えても異常である。
分からないものはよく観察するに限る、と思ったので翌日も翌々日も現場へ出かけ、現場員の不審顔を尻目に壁を、柱を、梁を眺めて歩いた。一方では、学会論文集その他の文献類もできるだけあさってみたが、その方はあまりはかばかしくない。4回目か5回目かに現場を回りながら、あることにハッと気がついた。
「どうも、このコンクリートは肌の色つやがよくない。大相撲だって力士の肌の色つやは成績と大いに関係がある。そうだ、コンクリートそのものが問題ではないか。テストピースの試験結果を頭から信じたのが間違いかもしれない」。
そこで、さっそくシュミットハンマーを買い込んで、現場のコンクリート強度を調べてみたところ、案の定、170〜180kg/平方センチメートルという低い値を示した。この結果を現場主任に見せたところ、翌日、生コン業者が大挙して現場へ訪れ、同じようにシュミットハンマーでテストを行った。そして翌々日、間違いなく320〜330kg/平方センチメートルの強度があるという報告書に、大きな社印を押したものが届けられた。
こんなに強度が大きく食い違っているのでは話にならない。それではとばかり、まず私の側で、次にはゼネコンの側でコアの抜き取り試験を行い、正確な強度を調べた。その両方をまとめた結果が上の表である。
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