技術が技術として 復活するために
巨大工事での品質・工程管理システムの下方移行は、現在でも行われていないわけではない。その1つは巨大工事の経験を持つ大手ゼネコンの社員が中規模工事を担当する場合で、この時、当然のこととして技術の移転が起こる。また職人による技術移転もある。大手ゼネコンの下請として正しい技術を身に着けた職人が、中小ゼネコンの下請として現場に入ってくればやはり技術の移転が行われる。
このようにして徐々に移行しつつあるけれども、成り行きに任せていてはいつになったら完結するか分からないから、これを加速させる手段を考えなければならない。そのためにはまずその方法論を検討する委員会を設置して、ということになりそうだが、この委員会が前述したような建前論に走るようでは、ミイラ取りがミイラになる可能性が強い。この委員会はやはり官僚や学識者を最小限の人たちが主になって進めるべきで、そうすれば現実に必要なことから自然に決まっていくであろう。
多少の例外的なことや枝葉末節にはこだわらず、本筋の追求だけを行うことにしたい。そもそも現場とは、工期と工費の品質と、相反する条件の中でいかに上手に妥協して、可能な範囲での最大の結果を求めて努力するかという日々の連続であるから、机上の理想論を適用しようとしても、どだい無理というものなのである。
建物の品質を守る為の方法論については色々あろうが、ここでは以下の3つの提案をしたい。
提案1:ビデオによる技術の復活と移転
技術の復活と移転を加速するための手段の1つとしては、若い現場マンや設計者,職人さんたち向けの教育ビデオもあるだろう。例えばコンクリート工学協会では、シリーズもので現在までに「生コンの素顔」,「コンクリートを活かす混和材料」,「骨材の品質とコンクリートの性能」,「コンクリートの打ち込み」の4巻が発売され、目下は第5巻「コンクリートの施工機械と試験機器」の製作中である。鉄骨とか防水,設備などの各職種ごとにこのような教育ビデオが作られれば、失われた技術の復活に大いに役立つはずである。
提案2:工事監理士制度の創設
現在、ゼネコンの現場で活躍している沢山の人たちがいる。大きな現場,小さな現場,楽な現場,苦しい現場・・・・・・。様々な辛酸をなめつくして40代になると、管理職として内勤になったり、不況になるとにわか仕立ての営業マンになったりして、せっかく人生の働き盛りの20年間に蓄えた技術を十分に発揮する場が与えられないままに定年を迎えることになる。本人のためにも業界全体を思っても、もったいない話である。
本来、工事監理者として望ましい人柄は技術に詳しく、現場をよく知り、しかも人生経験の豊かな人である。となると、現場で長年経験を積んだ人が最適である。しかし、今のままではいけない、現在は技術が見失われた時代である他に、現場マンの将来に明るい見通しのない時代である。
そこで私は次のような提案をしたい。それは受験資格を30歳から35歳とし資格発効年齢を45歳から50歳とする監理士の資格制度である。試験の項目は細分化する。地盤,杭,土工事,コンクリート,鉄骨,防水,左官,金属・・・・・・等々、早く言えば現在の見積書の大内訳の項目ぐらいに分けて、その1つずつにかなり厳しい試験を行う。現在の一級建築士の試験はお笑い草となるような、突っ込んだ試験、現場での苦労が答案ににじみ出るような試験とする。
受験者は現場での実務が即受験勉強となるから、現在のような甘い考えでその日暮らし的現場経験とは全然別の、充実した日々になるであろう。汗を流して得た知識を活字や映像で補強して完全なものにする。ベースは実務を通じて体得した知識で、これはもう、一度習得すれば生涯忘れることはない。ただ、時代の変遷に取り残されないように時々、新知識の補充をすればよいだけである。
構造,仕上げ,設備,というようなグループ分けをして資格を獲得してもよいし、全部を突破して文字通り監理のマイスターとなる人も出てこよう。コンクリートや鉄骨などは、それ1つだけの資格でも優に生活を保証できるであろう。
この制度が定着すれば、現場マンは先輩後輩の間柄で監理士から色々なことを学ぶこともできるし、独立資格の監理士を雇うことによって建築主も安心である。設計者もこのベテランの監理士から学ぶところは多いに違いない。かくして建築技術者は栄光あるsilver ageを迎えて、silverとyoungの理想的共存社会が生まれ、欠陥建物などは昔語りになる。
提案3:10億円の懸賞で生コンテスター開発
建築の躯体を構成するものは材料と技術であり、その“材料”の中で一番重要なものは鉄とコンクリートである。さらに、鉄やコンクリートもまた“原料”と技術によって提供される。鉄の方の技術は、今後の改良進歩はあるにしても一応は完成に近い形でほぼ安定しつつある。しかしコンクリートの方は原料→生コン,生コン→建物という両過程ともはなはだしく不安定な状態であるといわざるを得ない。そして悲しいことにこれを安定させる努力が建設業界内部から起こされることは少ない。欠陥生コン,塩害,アルカリ骨材反応・・・すべてはマスコミという外部からの指摘によって問題化された。
それに対する一般市民の反響の声はかなり聞こえて来ても、業界の流れは一向に改善されそうにもない。それどころか本年8月にはまたまた欠陥生コン問題としてNHKテレビの放映があり、本誌でも9月5日号でレポートされている。
このままでは生コンの品質問題は百年河清を待つに等しい、あるいは訴えても訴えても賽の河原の石積みにも似たような空しさを感じる。そこで色々考えた末に、私としては1つの提案をしたいと思いたった。
生コン問題がはっきりしないのは、打設時点においてその品質が目で見えないからである。生コンメーカーからゼネコンへの受け渡し検査と言っても、スランプと空気量と塩分量以外には何もない。テストピースを取っても結果が分かるのは早くて1週間後でしかないし、それすらもテストピースのすり替えという不正が存在すれば何の意味もない。まして現在のように、受け渡し試験まで一括して生コンメーカー任せというのでは検査の意味が全くない。
塩分量だけはどうやら総量規制を行うことが定められて簡易迅速測定器具も開発され、それなりの効果が上がっているようだが・・・・・・。
現在の日本の技術をもってして、なぜ生コンに品質測定機器が出現しないのか。
答は簡単。需要が少ないからである。開発費を回収するだけの生産量がないからである。しかし、だからと言って放置するわけには行かない。現在わが国では毎日約200棟のRC建物が竣工しつつある。そしてその材料としての生コン生産量は年間およそ1億7000万立方メートルにも達している。ならば、その生コン1立方メートル当り、10円の開発量を負担すればどうなるか。1億7000万×10円=17億円,1/2の5円としても約10億円になる。
よって、上述した生コンの品質すなわちセメント量,単位水量,塩分量,泥分量,有機不純物量等々のほか、骨材粒度,等々を洩れなく、即座に定量できるような“生コン性能即時判定器(生コンテスター)”の開発者に、賞金10億円を提供するという案はどうだろう。
実現のために種々の困難をあげつらうことは簡単であろうが、これは決して実現不可能なことではない。要はヤル気であるし、この程度のことが実行できなくては、生コン問題は永遠に解決不可能なような気がする。
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