■ハードな問題解決に顧問建築士
 今春、私は改めてこのマンションの顧問建築士を依頼された。顧問弁護士の存在は世の常識だが、マンションの顧問建築士は、おそらく日本で初めてのことであろうと思われる。
 業務内容としては年に1回、建物を視察してその結果を文書で報告し、維持保全に関するアドバイスをすることである。視察の結果、あるいは臨時に、修繕等の行為が必要になれば、それに関する設計、監理等の費用は別途に申し受ける。その代わり、顧問料については居住者の毎月の管理費が大幅に増加しない程度に決めた。
 今後、十分な経験と良識ある建築家が顧問という形で関与する習慣が社会的に定着すれば、現在の様々なマンショントラブルのうち、少なくともハードに関する問題は、かなり減少するであろう。
 さらに、マンションに関する困った風習として、瑕疵あるいは欠陥が表ざたになると不動産としての価値が減少して売りにくくなる、あるいは買いたたかれる等の心配から、欠陥をひた隠しに隠したがる、ということがある。
 しかし、このマンションのように徹底的に欠陥を修理すれば、かえって資産価値は上がるものである。その証拠にこのマンションでは最初私が様子を見に行った時には、4〜5軒の空家(売家)があった。修理完了後、半年ほど経って、友人がマンションを探しているというので、ここなら僕が太鼓判を押すよといって紹介したが、もうその時には全部売り切れていた。『君子過ちを改むるに、はばかることなかれ』である。
 欠陥は徹底的に直せばよい。公正に見て、欠陥の原因が売り手側にあることが分かれば、修理費用は当然、販売者負担となるであろう。販売者が欠陥商品をうれば、結局は数年後に何億円という修理費用を、負担しなければならない。これがその実例である。
■ユーザーに対して、もっと啓蒙活動を
 この件の他にも私は、まったく同じようなケースで悩んでいたマンションの問題解決に助力を求められて、今回と同じように無償修理で解決した経験がある。目下、助言を求められているマンションも、数件ある。いずれの場合にも共通して言えることは、あまりにもお手軽な設計、あまりにもお粗末な工事が原因で、入居者が甚大な迷惑を被っており、建築家として見るに見かねるということである。
 今、問題を起こしつつある建物を生んだ高度成長時代の建築事情は、確かにひどかった。私自身も、当時、気違いじみた流行をしたボウリング場の構造設計を担当して、経験したことがある。建築主が、こう言うのだ。「築後3年で確実に建築費は償却できる。入念な工事の必要はない。見てくれさえ豪華であればよいから、監理なんてうるさいことは言わずに、早期竣工に協力し1日も早く仕上げてくれ」。
 当時の悪習が、お粗末設計、お粗末施工の温床になったのだろう。しかし、原因は何であれ、何千万という不動産を、建築の品質に関する知識のない多数の客に売るからには、それだけの責任は免れないはずである。コンクリートの強度が不足していたり、あるいは配管の埋設方法が悪かったために10年ぐらいでガス漏れを生じるなど、常識で考えて納得できないものは、法定の瑕疵担保期間に関係なく、製造者、販売者としての責任が存在するはずだと、私は考えている。
 設計も施工も精一杯の努力をして、完全な仕事をなすべきであろう。またマンションを買う人にも、建物の品質についての知識を蓄えてもらいたい。しかし、ユーザー側に知識を普及させるためには、我々、建築生産者側がユーザーに対してPRとか、啓蒙とかに努力する必要がある。ユーザーからの的を得たクレームや、積極的な品質への注文こそが、あらゆる商品を発展させ、進歩させる原動力であると私は考える。
何千万円の商品に 保証書がないなんて・・・・・・

Sマンション管理組合 前理事長 (サンプラス工業社長) 榎本 正

 マンションの居住者が問題に直面した時に、サッと飛び込めるような権威のある相談センター。その必要性を、今回の紛争でイヤというほど思い知らされた。
 我々の場合、当初は、どこに相談すればよいのか分からず大変、苦労した。高層住宅管理業組合など、思いつく所は皆、回ったが、はかばかしい回答が得られない。居住者の知人である大手建設会社の社員や建築家にも相談したが、だめ。いざ某工務店との交渉を頼もうとすると尻ごみしてしまうのである。
 建築業界というのは、縦、横のつながりが非常に強く、お互いの欠陥を隠し合うところなのか、と非常に落胆したものだ。といって、建築の知識のない人に交渉を頼んでも、マンションの欠陥を指摘する権威ある診断書を作る能力がなければ、相手の某工務店がと りあわない。最後に井上氏のところへたどりつき、引き受けてもらった時には本当にうれしかった。
 現実問題として頼りにできる公の機関がない以上、自衛策を講じなければ、と考えたのが井上氏への顧問建築士の依頼である。管理会社は日常的な保全管理はやってくれるが、長期的かつ第三者的立場で建物の面倒を見てくれるかとなると疑問。管理組合にも、その能力はない。かかりつけの医者のように、建物の状態をずっと見てくれる専門家の存在が、現状では欠かせないと考えている。
 それにしても、何千万円もの商品を保証書なしも同然で売っているなど、他の業界では考えられない。自動車にしても電機にしても、メーカーはクレーム発生を前提として商売をしている。建築・不動産業界はどうも、クレームなどありえない、という硬直化した考え方を持っているのではないか。そのあたりを改め、我々、建物の利用者が近づきやすい業界になっていって欲しい。今回は井上氏という専門家と出合い、また管理組合の理事のメンバーが優秀で結束が固かった、という好条件にめぐまれ、問題が解決したが、同じような悩みを抱えている人は、まだまだ数多いはずだ。(談)
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