『先天性虚弱体質』
五体満足にオギャアと生まれても、丈夫な赤ん坊もいれば虚弱な児もいる。育て方や環境によって病気がちなヒ弱な子になる場合もあるが、心臓その他の器官に先天的な欠陥を持って生れた不幸な児童もいる。
建物の場合もこれによく似ている。杭、配節、鉄骨、溶接、コンクリート等の躯体や、防水、塗装、サッシ取付などの仕上工事、給排水の配管、電気、ガス等々の設備装置がすべてまっとうな設計通り、仕様書通りにキチンと出来上がっていれば健康優良児的な建物となって年数が経ってもメンテナンス費用も少なくてすむ し、寿命も永い。これに反して上記各部位のうちどれかがうまくできていない場合は入居早々から雨漏り等のクレーム続出で、10年も経つとひどい老朽化状態になる。中には、信じられないような欠陥設計の建物もある。
若い人はご存知ないかも知れないが、昭和51年に”欠陥マンション騒ぎ”が半年以上に亘って毎日毎日、新聞、雑誌、TV等のマスコミを賑わせたことがあった。ちょうどその頃設計中や工事中のマンションを2つ3つかかえていた私は、他人事でなく、真剣にその騒ぎを見守っていたが、そのうちにこの経ぎに共通していくつかの欠陥要因があることに気がついた。

1.は設計の欠陥である。防水の立ち上がり不足とその納まり不良の設計。室内床スラブとバルコニースラブの上端がゾロになっている設計(バルコニー床は一段下げた方が無難)。配管のサイズ不足や勾配不足の設計。パイプシャフトが狭すぎて、新築時にはどうにかこうにか納めることができたが、以後はメンテのためにレンチを突っ込むこともできないような設計。etc.etc.・・・

2.は施工不良。コンクリートの水量過多によるヒビ割れの多発。コンクリートの強度不足や配筋不良による床の撓み。防水の端末の納めかた不良やサッシの周 囲のモルタル詰め不良による雨漏り。下地処理も防錆もロクに施してない鉄部塗装等々…。
以上の1・2を通じて発見したことは、欠陥設計には欠陥施工がつきものということであった。恐らく、欠陥設計図をかいた設計者は、図面の書きっ放しで、工事監理は殆どやっていないと見た。工事中の現場を見れば、自分の図面の不備には気づくのが当然だからである。

3.はクレームの処理体制の不備である。クレームを受付けた人が営業屋さんであったり、技術屋でも未熟な人であったりすると、適確な判断ができなくて、とんでもなく見当違いの返答をしたり、または相手が素人だと見くびってごまかそう としたりして、その返答のせいで素人はますます不安、不信感が募る・・・といったケースがずいぶんあった。欠陥経ぎが起こると、素人は、何でもないことまで欠陥ではないか?と疑心暗鬼に捉われる。そのとき、これは何でもないんですよと、 節道の立った説明をしてやれば、ああそうですかと納得してくれるのに、オロオ ロしたりごまかしたりするからくすぶった火の手をどっと大きく燃え上がらせることになる。

長命化した現在の日本人の年齢と建物の年齢を比較してみると、大ざっばに言って建物年齢は人間の年齢の2分の1見当とも考えられる。つまり、先天的虚弱 体質でない人でも50歳ぐらい(建物では25年)ぐらいになると、何となく方々に具合いの悪いところが出て来る。80〜100歳(建物では40年〜50年)になると、もはや老衰して、これといった病気はなくても寿命を感じさせる。建物の場合は、躯体は丈夫でも設備その他の機能が社会の変化について行けなくなって建て替えたくなることが多い。
虚弱体質の建物は、築後5年ぐらいからいろんな所に不具合が発生して、修繕工事に明け暮れすることになる。
建物の大規模修繕工事や、いわゆるリフォームの技術や手法も近年かなり手慣れて来た感じではある。しかし、建物のメンテナンスや修繕にまともに取組んで いる建築家の数は非常に少ない。そして、30年〜40年先の建物の状態を想像しながら設計に励んでいる人もまた少ない。
病気の手当ての技術も必要だが、もっと大事なのは、病気にならないような、立派な体質の子供や建物を産み出す技術である。この数年のバブル景気の大多忙、人手不足の中で生まれた無数の建物が、数年後に発病(欠陥露呈)しないことを 祈っている。が、何よりも大事なこととして、設計者にも施工者にも、先天的虚弱体質防止の思想を確立させる妙手はないものかと思案している。
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