確認民営化のすすめ その5つのメリット
日経アーキテクチュア 1991年4月29日号
「皆様、おはようございます。早朝からJR○○を御利用下さいましてありがとうございます・・・・・・」。にこやかな笑みをたたえて深々と頭を下げられると、あんなにも客を見下して威張り散らしていたあの国鉄が、民営になるとこんなに変わるものか、と驚く。これは、この小論を読んで下さる人すべてに共通した体験であろう。
また、電話1本の敷設申し込みにも、ハンコが足りない、書き方が悪いなど、思うさま官僚風を吹かせていた電電公社も、民営化してNTTになった途端、声もかけないのに打ち合わせ会場に現れて「この度の御計画には是非とも当社NTTの御採用のほどを」と、文字通り揉み手をしながら頭を下げられ、思わず微苦笑せざるを得ない。
このように、民営化という一語を降りかければ、市民の心の一部でしこりとなっていた役所への恨み・つらみも、旧役人個人個人の微笑みによってたちまちとけ去ってしまうものらしい。実際には官僚が、自分も市民のひとりであったと気付くだけの話であるが・・・・・・。
そこで、ひとつ提案をしたい。それは「建築確認の民営化」である。確認民営化で得られるメリットは、大きく以下の5点が挙げられる。
 1:市民へのサービスの発生
 2:役人を監察に回し摘発力をアップ
 3:建築全般に関する保険制度の充実
 4:民間制定建基法による単体規定
 5:建築関係者のシニア,シルバー活用
以下、具体的に検証してみよう。
メリットその1:サービスの発生
「はい、いらっしゃいませ。お住まいの新築でございますか? では、お図面をちょっと拝見・・・・・・」。確認民営化の第1のメリットは、言うまでもなく市民へのサービスの発生(改善ではなく発生)であろう。
数年前、横浜市の確認窓口で、延々と交渉すること2ヵ月余。あまりに身勝手な担当官の法解釈に、思わず張り倒してやりたいと思ったがそうもいかず、市の助役に実情を説明してどうにか解決した経験がある。聞けばその男、建築士泣かせで名がとどろいていたらしい。民間ならたちまちクビである。
また、昔、ガソリンスタンドを設計した時のこと。ゼネコン現場マンの所轄消防署の担当官への気の遣いようは見ていて気の毒なくらいで、何を言われても「はい、かしこまりました」。着工時の挨拶,中間検査,竣工間際の3回にも及ぶ下検査でのやり直し・・・・・・。
それなのに肝心の竣工検査日には、担当者は風邪で欠勤。代理の消防官は「あそこが悪い、ここを直せ」の連発で、「そこは本日欠勤されている○○さんに一昨日指摘されて、やり直したばかりです」と答えても、「おれが検査に来た以上、おれは不合格と認める。直しなさい」との御託宣である。
その報告を聞いた私が「消防庁長官に掛け合ってくる」と言ったところ、すぐにゼネコンの役員が駆けつけてきて、「そんなことをされたら、私共の会社は末端の消防官ににらまれて仕事ができなくなります。本庁に怒鳴り込むのだけは御勘弁を」とのことであった。
あらゆる省庁の上層部の人たちは、ごく一部の末端行政官に対する市民のこの骨髄に徹する恨みや無念さをご存じであろうか。民間ではあり得ないことである。末端の役人ばかりではない。建基法や地方条例に関係されている高官たちにも、民情を知らないばかりに、本人の善意とは裏腹に、市民に迷惑をかけっぱなしということも随分多い。
一方的権力がなくなれば、このような弊害がたちどころに消滅することは、前述のJRとNTTの実例で立証されている。確認の民営化が不可能と言う人は、国鉄や電電公社の民営化の可否を巡る10年近くにも及ぶ大論争を思い出してほしい。民営化亡国論さえ唱えられたのに、いざ実施してみると良いことづくめである。確認もこれと少しも変わらないはずである。
メリットその2:確認から監察へ
現在、全国での確認件数は年間100万件にも及ぶと聞く。それを一体何人で捌いているのか。しかも、担当官は現場の経験のない若い人が多い。前述のような不都合が生じるのも無理からぬことと言えなくもない。要するに制度が時代遅れになっているのである。これを改めて民営にするのに、役所のメンツや縄張りなどを言う人があるとすれば、それはもう化石人である。
確認民営化によって、年100万件の確認業務から解放された担当官のうちの一部を違反建築(集団規定の違反)への監察に回す。
現在の確認担当官は、余りの多忙さに対する自衛手段のためか、小規模建築の申請者に対して「検済(検査済証)いりますか」と聞くそうである。つまり、申請者が検済不要と答えると、「では、本官はきちんと法規に照らして確認をしたから、後は適法な工事をして下さい」というわけであう。適法でない工事が行われても、本官のあずかり知らぬことである。との自分への言い訳が、「検証いりますか」との問いに込められているのである。確認業務がなくなれば、不適正工事の摘発はきちんと行われるであろう。
メリットその3:保険制度の充実
3番目は建築の設計,施工など全般に関わる保険制度の充実である。建物個々の単体規定に対する審査業務は、損保業界で行えばよい。そのために必要となる技術者確保については後述する。そうするとJRやNTTと同じく、お客様に対する態度が一変する。
確認の条件は現在のような一本調子ではなく、建物の質と保険料のリンクシステムによって建築主が自由に選定でき、そのメニューに適格か否かを審査する。もちろん、確認手数料は保険料の一部として損保会社に入る。ただし、集団規定についてはある程度自治体などによるコントロールが必要だろう。
メリットその4:民製建基法の制定
第4のメリットは、単体規定の条文作成を民間建築家による委員会が行うことである。戦後45年間、ひたすらに建物をつくり、壊してきたし、粗製乱造での欠陥もほぼ出尽くした。従来の官製建基法の不備も、抜け道も、民間の業者,設計者は知り尽くしている。
これらの体験に基づく知識を生かして、無理のない、抜け道の必要のない、天網かいかい粗にして漏らさず式の、簡にして要を得た民製建築基準法を作成するための下地は十分にある。知識,経験,識見,学識を兼ね備えた人材も十二分にいる。どんな誘惑にも負けずに、市民のためになる建基法を作成し、時代の変遷に応じては勇断をもって改正できるような少数の人材を、各界から選びすぐればよい。
20人程の人材に思い切った年俸をはずんで基準の作成に専念してもらい、事務局をつける。年間100万件もの確認審査料を考えれば、費用はどうにでもなる。要はやる気さえあれば何事も成就するものである。
メリットその5:シルバーの活用
第5のメリットは、シルバー活力である。現在の一級建築士は、学卒後2年で受験資格が与えられ、一度合格すれば一生涯オールマイティーの資格が与えられる。合格後は必要最低限の勉強もしない人が大部分で、年月とともに社会や技術の進歩に取り残されいく。徳川時代ならいざ知らず、現在では不勉強の長経験は有害無益である。
そこで生涯学習が必要となるが、その学習目標として、現場監理技師制度を提案する。受験年齢は40〜45歳,資格発効年齢45〜50歳。民間資格ではあるが、簡単には取得できない厳重な審査の関門を突破した人は、損保会社の現場監理技師として高給をもって遇され、社会的にも尊敬される。
話が前後したが、同様な資格よって、民営確認申請の審査員も任命されることにする。
このようにして、この道経験25〜30年以上、その間たゆまずに知,験,識,学を積み上げてきた人は、審査員もしくは現場監理技師として、社会の役に立つ誇りをもって、悠々とシルバーエイジを過ごし得る。若い現場マンも若い設計マンも、現在のような閉鎖的職場での偏った技術の伝統を学ぶのではなく、知,験,識,学の達人たちからオープンな指導を受けながら、栄光あるシルバーエイジに向かって、仕事に励みつつ勉強することができる。

以上はあくまでも素案である。具体化するには多くの問題があろう。各界の人々の建設的な意見を基にして、なんとか実現したいものである。
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